ぷろぐら×でざいん

2017年7月振り返り(社会は度し難いことで溢れかえっている)

2017年7月振り返り(社会は度し難いことで溢れかえっている)

2017年7月振り返り(社会は度し難いことで溢れかえっている)

度し難いの意味

道理を説き聞かせてもわからせようがない。救いがたい。どうしようもない。

非常に良い言葉だと思います。憤りや諦めを表現するのに適切な言葉ではないでしょうか。もちろん、メイドインアビスに完全にはまっていることは言うまでもありません。アニメ・漫画をまだ見ていない人、読んでいない人今すぐ行動に移すことをお薦め致します。


度し難い

先月は度し難いことが多々ありました。自分自身の非を認めず、他者や所与の条件に責任を擦り付け、さも自分が下した決定には合理性と正当性があったかのように振る舞う度し難い奴。そして、決定に賛同した多くの人達の努力と労力は無駄なコストであると一蹴し、新たな方針・方向性をさも必ず成功するかのように自信有り気に示し、協力を募る。度し難い…度し難い…。また、信頼が置けるはずの内部の人間からの助言を受け入れず、外部の世間的には偉いとされるステータスのお高い人からの言葉をまるで神の啓示であるが如く聞き入れる。口を開けば「他は、他は、あそこは、ここは」と比較対象を羅列し、自身の正当性を担保しようとする。あなた自身は何を考えたのでしょうか。
私は非を非であると第一に認め、第二にその反省から改善を熟考し、そして敬意を持ってお願いできる人が好きです。尊敬と敬意の念が無く、人を数字や記号としてしか認識できない人の為に割く時間は1秒もないと思いました。
結局、無知の知という言葉の通り、人は常日頃からある程度謙虚、もしくは素直な方が共感も賛同も得易いと思います。その人が本当の意味で圧倒的ならば、傲慢かつ鋭くあっても良いでしょう。ただ、その言動が適当、適切であるかはその人の実際の実力に依存するものだとは思います。明白な実力不足な状態で責任転嫁をするような愚行はやはり度し難く、残念な所業だと私は思うわけです。


プロダクトの価値



少し傲慢な文体、語弊をうむ発言かも知れませんがお許し下さい。先月私が開発し、無事リリースした機能は将来的に非常に価値があったものであると自負しております。当開発に携わって頂いた同僚達にも心から感謝しています。しかし、本当の真価は実は全く別の所にあり、エンジニアリングに疎い人にはあまり理解されないことが残念なところであります。例えば、某フリマアプリの真価は個人間売買取引を円滑かつ、簡易したことだと思う人もいると思います。それは決して間違っているとは思いません。寧ろ、それだからこそ多くのユーザーを惹きつけ、多額の利益を生んでいるのだと思います。それ以上の真価はストレスフリーで、多くのユーザーから送信される膨大なリクエストを確実に捌ける技術力の高さにあると思います。またユーザー増加に伴うシステムのスケーラビリティやユーザーの不正行動をキャッチする運営の高さにあるというのが自論です。何が言いたいかというと評価者と呼ばれる人達は目の前の解決された問題に注目し、その問題解決の結果や結論が比較的評価されることが多いですが、それ以上に問題解決を実現している・可能にしているプロセス処理に用いられる技術が本来評価されるべきプロダクトの価値だと思っています。それらの技術は汎用的かつ、転用が可能なので長期的に見てプロダクトの価値として大きく寄与するものです。
もちろん、私自身はその「真価」については理解されなくても、一人でも理解を示してくれるだけで恵まれていると感じている今日この頃であります。


様々な選択肢

大事なのは今置かれている状況が自分自身にとって最善なのかを時間をとって熟考することだと思っています。今の仕事が、今の働き方が、今の自分自身が好きか嫌いか、楽しいか楽しくないかで判断し、決断できたら1番楽だとは思います。色々な背景があると思います。その背景がある故に、中々思い切った行動には出られないため現状に我慢し、自身の欲求・想いに蓋をされている方も少なからずいると思います。しかし、語弊があるかもですが、いつか爆発する時が来るかも知れません。それは体調的側面だけでなく、精神的な側面でも限界を迎える日が来るかも知れません。何が最も守るべきなのかを頭の角に置いて下さい。最も大事なのがご家庭ならば、まずあなた自身を守らないといけないのでないでしょうか。何が言いたいかというと最も守るべきものは最終的にはご自身に帰結するはずです。守るべきものを、大切なものを見誤らないで下さい。

まぁーと徒然に最近思うことを羅列している訳なのですが、私は至って健康面、精神面も優れております。私の悩みなど本当に大したことなく、決断したらそれを後押ししてくださる人達に囲まれていますのでかなり気が楽です。多分、思っている以上に世の中には選択肢で溢れていると思います。その選択肢を増やすにはお金が必要な時もあるでしょう。でも、最終的にその選択肢を増やせるか増やせないかは少しでも立ち止まれるか、一寸先は闇の状況でひたすら走り続けるかにかかっていると自論を展開してみます。走り続けたら、いつか光が指して来るかも知れません。しかし、足がもつれ始めたら少し立ち止まってみるのも良いかも知れないと思う今日この頃です。少し立ち止まると「何故、今までこれをし続けて来たのか」と冷静になれるかも知れませんしね。


時間はお金では買えない



当たり前のことだと思っていても意外で意識し、改善できないことですよね。先月の振り返りなのに、全く振り返ってなかったので、ここで振り返りましょう。先月は本当に度し難いことも多かったですが、それ以上に有意義な時間の使い方をできたと思います。定量化できない価値のある時間の使い方ができ、今後の人生の糧になるかと勝手に思っています。また、ライフサイクルを少し変え、朝の時間を有効活用するようにシフトしたことも生産的にしてくれたと自負しております。早起きは三文の得とは言いますが、本当にお得な感じです。ずっとこれからも続けて行きたいです。

私は「急がば回れ」の諺がかなり好きです。今まで急いでうまくいったことはあまりありません。しっかりと下準備をし、他の可能性を模索し、計画を練り、実行した方がかなりのケースでうまく行きます。一見すると全く前に進んでおらず、進捗管理などされると遅延野郎と罵声を浴びせられることもあったり、なかったりですが、はっきり言って、ある程度の慎重さと確実性を持ってハンズオンする方が後々楽ができると最近改めて思いました。

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