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血の轍 感想

血の轍 感想

血の轍 感想

押見修造

作者は「惡の華」「ハピネス」「ぼくは麻理のなか」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」など、傑作を次々と世に送り出してきた鬼才。とりあえず、1冊別に抑えておくのもありだと思います。


猫の死体と母息子

作品の冒頭は母と子が猫の死体を撫でるシーンから始まります。子は猫の身体が冷たくなっている異変に気付き、母はそれに対して死んでるのねと返す。冒頭から母親の異常性が出ていると私は思ったのですが、皆様はどう思われたでしょうか。
まず、ある程度の大人ならばその猫の生死は見ただけで判断できるはずです。仮に母親がその猫は死んでいると分かった上で、息子にその猫を撫でさせることを了承したのであれば二通りの考え方ができると思います。
動物の死体に子供が素手で触ることは問題ないと解釈している、もしくは動物の死体に直接触れ合うことで何か学んで欲しいなどの意図がある。
我が子を大切に思う親なら決して清潔とは言えないもの、言い方は悪いかも知れませんが得体の知れないものに子供が触れることを拒絶するはずです。
この描写が何を象徴しているのかは私も解釈出来てはいないのですが…母親が母親として機能していないのではないかな?と思わせるシーンです。


あんまんと、肉まん

朝食でそれぞれの国柄や家庭の特色、特徴が表れるものですね。欧州だとパンやパスタ。日本だと和食など朝食の定番メニューがあります。ご飯とお味噌汁、パンと目玉焼きのようなセットメニューが一般的で、俗に言う所の普通と形容されるものでしょう。
あんまん or 肉まん?と母親から朝ご飯の選択肢として与えられたことは私はありませんが、皆様はどうでしょうか?私は餡子があまり好きではないので、仮にその選択肢を与えられると肉まん一択です。
これが1日だけの描写だと、まぁーそんな日もあるよねとなります。前日の夕食を朝食に使い回すのは常套手段で、極々日常的な営みと言えるのでないでしょうか。しかし、どうやらこの家庭では毎朝の朝食の選択肢としてこの二択っぽいです。習慣的にあんまん or 肉まんなのです。
さて、この朝食としては中々痺れる選択肢ではありますが、問題はこれだけではありません。主人公の13歳を迎えた思春期真っ最中の少年はその普遍的な選択肢に対して何ら疑問抱いていないことが更なる問題として挙げられるでしょう。
この歳になるとある程度、他の家庭事情や、メディア媒体を通じて自身の家族に対する比較要素を持っているものなのです。ところが少年は至って日常として受け入れているようで…。
ここから考えられることは少年はあまり外界、つまり自分の家族以外と積極的に接していない可能性があり、また物心が付いた時点から既に あんまん or 肉まんだったのではという仮説が立ちます。

この作品は他のマンガ作品に比べると登場人物の会話、対話がかなり少ないです。情景描写、キャラクターと表情などから心理描写やストーリーの全体像を解釈していくタイプのものなので、読者によって様々な作品に対する認識、理解が生まれる余地があるので読み応えはあるかと思います。マンガにすると文字は少ないですが、小説になると文字が多くなると思いました。


人間関係は単純

人間関係の構造はシンプルで、明瞭だと言う印象です。唯一、拗らせているのは母親と息子の関係です。それ以外は平等と言うよりも上下関係、優劣が綺麗に分断されていると私は感じました。

例えば、主人公と従兄弟。明らかに従兄弟が上です。常に主導権を握り、主人公には握らせない言動。
そして義理姉と母親。これも義理姉が上です。まぁーこの辺りの描写はあまり読んでいて気持ち良いものでもありませんし、2ch とか家族スレを思い出させてくれような典型的な関係性でしょう。
主人公の父親と母親だと、父親が上です。寧ろ、父親は不倫してるんじゃね?と思わせるようなシーンが連続し、母親もそれ実は勘付いてるんじゃね?とも感じました。どちらにせよ答え合わせは次巻以降にはなるのですが、この人間関係がどのような変化を見せるのかも個人的には気になる所です。


えっ、崖から落としたけど…

さて、最後の母親の暴挙。従兄弟が意識があるじょうたいで生きていたらストーリーはそれで終わりなので、意識不明の重体、もしくは逝去していると思っています。仮に上記の状態で生存していた場合はとどめを刺しにいく話展開になるとは思うのですが、突発的な衝動だということを念頭に入れると、計画性が乏しく、殺意は最初からあったとしても、敢えてとどめを刺すという展開は考えにくいので、従兄弟は死んでることでしょう。

タイトルに入っている「轍」という言葉は「先例」という意味があるそうで、「同じ轍は踏まない」という諺もありますね。では「血の轍」という言葉を考えた時に、絶対に「先例」があったはず、もしくは今回の出来事が「先例」となるという意味にも解釈できそうですね。

」が「従兄弟の死」ならば、これが先例となる可能性がありますが、「猫の死」が既に作品冒頭にも登場しているので具体的な固有の事象を指していないのかも知れませんね。次巻以降はさらにカオスになるのではないでしょうか。


あとがき

Amazonの紹介では「毒親」という言葉が使われていましたが、そこまで「毒親」ってわけでもないと個人的には思いました。ネグレクトでも、児童虐待でもないですし。過干渉というほどでもないのでは…. 確かに愛情表現は少し違ったベクトルに向かっているようにも思えますが。ネグレクトと過干渉って本当に表裏一体で線引きが難しいですよね。「毒親」って言葉は多様なので、真逆の事象を行う親も対象になるということか。。。言葉って不思議ですね。

さて、今年も残り僅かです。最後まで今年を読み尽くせるよう仕事頑張らないと。

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