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地球平面説を受けて

地球平面説を受けて

地球平面説を受けて

常識なことは意外と非常識

地球は丸いものである。
朝が来て、夜になるのは、太陽が動いているのでは自転しているから。
季節があるのは地球が公転し、地軸の傾きにより太陽の当たる面積に差異が生じるからである。地軸の傾きに影響を受けない赤道近くの地域に季節がないのはその為である。

宇宙からの地球を写した写真がそれを証明している。
地平線、水平線な緩やかなカーブを描いているのがそれを証明している。

やはり、どう考えても地球は丸い。

ただ、下記の参照記事によると、それでも地球平面説を唱えている人が少なからず、ある一定数いるとのこと。

「地球は丸い」と考える18~24歳の若者の比率が、66%にとどまっていることが最近の調査で判明した。調査会社「YouGov」は今年2月、8215人の米国人を対象に“地球の形をどう考えているか”という調査を行った。(*下記の記事より抜粋)

「地球が丸い」というのは比較的上位に来る「常識」であると思っていたが、どうやらそうではないのだということに結構驚いた。
比較的上位という表現もあまり的を得ている感じではないが、皆様はどう思われるだろうか。


常識と思われるものが形成されるプロセス

意外と自分自身で信じていた確固たる「常識」と呼ばれるものは「非常識」なことなのかも知れませんね。
自分が歩んで来た生活環境、教育、親、親友関係などから作れる「常識」は常日頃から信じて止まないものですが、一歩テリトリーを踏み出すと、全く通じなくなる瞬間がありますよね。
この感じを改めて認識させられるのは「地球平面説」を21世紀でも唱え、信じている人がいるという事実です。

きっと世の中には常識とされる非常識が溢れていることでしょう。何故なら「地球は平面」であると思っている人が少なからずいるので。
もちろん、自分の常識が実は大半の人達にとっての非常識なことも多々あり、自身が所属している、または帰属している組織や社会、そして世界によって平気で非常識が常識に変わり、また常識だと信じていた事柄が非常識にも変わったりする。


世の中は曖昧

もちろん、「あなたの常識は私にとっての非常識」と言って、世間が貴方を優しく迎え入れてくれるほど、世界は優しさには満ち満ち溢れている訳では決してなく、最終的にはマイノリティー vs マジョリティーの構造が出来上がる。戦争で勝った方が正義という提言があるように、少数派の考えや価値観など、大多数に塗り替えられてしまう。

まぁーそれでも地球平面説を信じる、また信じていると公言できている時点で意外と世界は優しいのかも知れない。他人の目や機嫌を取りながら発言するのではなく、自身の確固たる信念を持って、それを信じるのであればそれは個人の自由の問題だ。稀有な目で見られようと、罵倒されようと、あまり関係のないことだと思うし。

最終的に帰結する議論としては「常識」だとされているものというのは、もしくは「非常識」だとされているものというのは、案外、適当なものなのかも知れない。
あくまでも誰かによって定められた「ルール」や「レール」であり、人がコミュニティを問題なく、円滑に運用するためだけの言葉遊び的なニュアンスのものかも知れない。

ただ、地球は丸いと思う。球体だと思う。


あとがき

私の常識が完膚なきまでに崩されたエピソードが1つある。
海外にホームステイ留学した時の話です。ホームステイ先の家族と一般的なスーパーマーケットに行き、買い物を楽しんでました。レジに並び、これから会計を済ませる直前にそのホームステイの子供がまだ会計が終了していないアイスのパッケージを破り食べ始めたのです。両親は至って普通で、更にレジのおばちゃんも特に咎める様子もなく。最終的には食べ終わったアイスの空袋だけを会計し、問題なく支払いを済ませていました。

まぁーってな具合で意外と溢れているかも知れませんね。理不尽な常識の押し付け合い。


参照

米若者に広まる「地球平面説」 NBA選手の発言がきっかけか

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